【北海道立近代美術館】特別展イワタルリ展で触れる岩田家三代「息づくガラス」の物語

北海道立近代美術館イワタルリ展 ミュージアム

「ガラスは繊細で、どこか儚(はかな)いもの」 そんな私たちの思い込みは、200キロを超える圧倒的な質量を目にした瞬間に、心地よく裏切られることになります。

現在、札幌の北海道立近代美術館で開催中の特別展「イワタルリ展 Iwata Ruri Exhibition 息づくガラス」。 会場に並ぶのは、繊細さという言葉だけでは括りきれない、圧倒的な質量と生命力を放つガラスの造形たちです。

先日、私はこの展覧会へ足を運び、作家であるイワタルリさんと、その活動を一番近くで支えてきた妹マリさんによる貴重な対談を聴く機会に恵まれました。耳に残り、目に焼き付いた「ここだけの物語」をレポートします。

北海道立近代美術館で開催中のイワタルリ展のフライヤー。岩田家三代のガラス作品が紹介されている。
「イワタルリ展 フライヤーより引用

岩田家三代、それぞれのガラスに宿る「魂」

会場には、ルリさんだけでなく、日本における色ガラスの先駆者であるお祖父様・岩田藤七氏、お父様・岩田久利氏、お母様・岩田糸子氏の作品も一同に会しています。妹様・マリさんは、歴代の家族の作品が並ぶ会場を眺め、こう語りました。

「作品を見ると、それぞれの作品から語りかけてくるよう。久しぶりに祖父母の作品を見ると、みんなの声が聞こえてくる。姉の作品もこうして並んでそろうと、姉が4人いるみたい」

この言葉は、技術の継承だけでなく、岩田家という一族が「ガラス」という共通言語で深く繋がっていることを象徴しているようでした。

岩田藤七(お祖父様):日本の色ガラスの開拓者

「お蕎麦はこれ、お豆腐はこれ」と、家でもお祖父様の作ったゴツい色ガラスの食器が並んでいたという岩田家。藤七氏は、誰よりも早く工場に行き、その分早くに仕事を終えるとどこへでもスケッチブックとウイスキーを持って出かけるような、粋で情熱的な人だったそうです。

どこか遊び心があって洒脱な雰囲気が感じられる作風。おおらかで大胆な造形が面白い。

岩田久利(お父様):緻密な設計と情熱

綿密なスケッチを描き、博物館にある本物の美しさを愛したお父様・久利氏。京都にあったお気に入りのお店にちなんで、トイレを赤く塗ってしまうような、徹底したこだわりと感性を持っていました。

繊細で美しい表現はガラスを用いているとは思えないマチエール(質感)があるものもある。繊細でありながら重厚感もある上品な作風。

岩田糸子(お母様):母であり、経営者であり、表現者

「家事は一切せず、制作と経営に没頭していた」というお母様・糸子氏。職人たちとは対等に渡り合い、義理のお父様である藤七とは喧嘩をしつつもお昼ごはんは半分こする。そんな「戦う女性」としての背中を、岩田姉妹は見つめて育ちました。

凛とした強さがありながら靭やかで張りのある表現は、ただ強いだけではない芯を感じさせる作風。藤七や久利のガラスとはまた一味違う新しい表現がある。

イワタルリ(ご本人):工芸と立体の狭間で

そして本展覧会の主役イワタルリさん。大学時代にミニマルアートの影響を受け、装飾を削ぎ落とした独自のスタイルを築きました。「工芸(吹きガラス)」という時間との戦いである技法と、「立体(キャスト)」というおよそ一ヶ月ほどもかけて固めるという静寂の技法。その両方を行き来しながら、イワタの血を受け継ぐ新しい表現を追求しています。

観るものの目を捉えて離さない、静かな存在感がある温もりのある立体作品。決して派手な色や形ではなく、どこかで見たかもしれない色、どこかで目にしかもしれない形。なのにずっといつまでもその存在に触れていたくなる、感じていたくなる作品には圧倒的な力がある。展示室の空間の中に静かに存在する作品を見ていると、この作品から伝わってくる作家の思いなのか、胸があたたかくなってくるような懐かしさが込み上げてくる。


対談で明かされた、ガラス工芸の「贅沢」と「過酷」

対談の中で特に印象的だったのが、制作現場のリアルな裏話です。

  • 色を出す難しさ: 寒色系の色は出しやすいが、赤、オレンジ、黄色といった暖色は出すのが非常に難しい。職人の「勘」だけが頼りの世界です。
  • 窯を絶やさない覚悟: ガラスを溶かす窯は一度冷めると使えなくなるため、常に一定の温度で使い続けなければなりません。そのため、オイルショックがあった際には、それまでの重油を使った釜から電気窯を使うようになった「イワタガラス」の歴史は、そのまま日本の高度経済成長の歴史でもありました。
  • 職人あっての作品: かつては200人もの職人を抱えていた岩田ガラス。作家と職人の技術が合わさって初めて作品ができあがります。ルリさんは「自分は職人さんのおかげで作品をつくることができる」と語ります。(ガラスは砕いて再利用できるということもあり)祖父が投げたガラスを職人さんが「もったいない!」と受け止めるような、壮絶な現場から名作は生まれていました。

「情操教育」が育んだガラスの曲線

「子供の頃の情操教育が大事。祖父や父が綺麗なものを見て、そこから何かが生まれてくる姿を見てきた」というルリさんの言葉。 岩田家では、和の踊りに限らず、フラメンコといった洋の踊り、お芝居、大人の社交場であるバーやディスコに行くなどの「文化的な刺激」が日常に溢れていました。

そんな豊かな経験がイワタルリさんの幅広い表現の礎となっていて、200キロを超える巨大な作品から、身につける人のことを考えた可愛らしいアクセサリーなどの小品の、制作の源泉になっているのだと感じます。


【開催情報】イワタルリ展を訪れる方へ

展覧会の詳細は以下の通りです。

項目内容
展覧会名イワタルリ展
Iwata Ruri Exhibition
息づくガラス
観覧料一般1200(1000)円、高大生700(500)円
小中生300(200)円、未就学児無料 ※
会期2025年12月13日〜2026年2月15日
開館時間9:30〜17:00(入場は16:30まで)
休館日月曜日(但し1/12は除く)
12/29〜1/3、1/13
会場北海道立近代美術館
(札幌市中央区北1条西17丁目)
地下鉄でのアクセス地下鉄東西線「西18丁目駅」
4番出口から徒歩約5分
バスでのアクセスJRバス・中央バス「北1条西15丁目」
停留所から徒歩約5分
駐車場美術館専用の駐車場はありません(近隣の有料駐車場、または「ビッグシャイン88」などの提携駐車場を利用)
公式サイト北海道立近代美術館 公式HP
岩田家のガラス芸術

※()内は団体・リピーター割引
 他各種割引有(詳細は公式サイトへ)

結び:受け継がれる「イワタ」の誇り

北海道立近代美術館の門イワタルリ展の掲示

今回の展覧会は、単なるガラス作品の展示ではなく、ある一つの家族が「ガラス」という熱く溶けた物質に、いかに対峙してきたかの記録でもありました。「できることしかしていない。けれど、祖父や父母がしてきたことを続けたい」 そう語るルリさんの言葉通り、展示されている作品群には、時代を超えて受け継がれる「イワタの血」と、職人たちへの深い敬意が溢れていました。

ガラスの厚みや気泡の一つひとつ、そして作家の静かで深い思いが聞こえてくるような質感は、皆さんの記憶に強く刻まれるはずです。「ガラスから発せられるような光」や「硬度を感じさせない不思議な厚み」、そして「作品それぞれが語りだすような家族の物語」を、ぜひ冬の札幌、美術館の落ち着いた空間で触れてみてください。

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