はじめに
札幌市出身の偉大な彫刻家、本郷新。札幌市民なら誰もが一度は彼の作品を目にしているはずです。高村光太郎に師事し、ロダンやブールデルのような深い精神性を写実的な表現で追求した彼の芸術は、今もなお私たちに語りかけます。
本郷新記念札幌彫刻美術館では、2024年6月15日(土)から9月16日(月)まで、特別展「共振」が開催されていました。この展覧会は、現代に通じる人間の普遍性を探求した本郷新の芸術を、現代アーティストたちの視点を通してより深く知ることができる、貴重な機会となりました。

特別展「共振」:過去と現代が響き合うアート体験
特別展のタイトル「共振」は、外部からの振動によって静止しているものが動き出したり、振動が増幅したりする現象を意味します。本展では、北海道を拠点に活動する現代アーティストたちが、自らが選んだ本郷新の作品からインスピレーションを受けて新たな作品を制作。6名のアーティストごとに展示室が構成され、それぞれの「共振」の形、すなわち過去と現代、異なる感性がいかに響き合うかを体験できる構成でした。
個性豊かなアーティストたちが織りなす「共振」の世界
入ってすぐに心を捉える物体【艾沢 詳子(よもぎざわしょうこ)】

本館の受付ですぐに目を引いたのが、艾沢詳子(よもぎざわしょうこ)さんの作品。遠目には柔らかな印象で、軽やかに見える「ふわふわ」とした物体でした。
けれども、近づいてそばで見てみると、全くふわふわしておらず、柔らかい感触もありません。むしろ、燃え盛る炎がそのまま固まって灰になったかのような、寂寥とした、予想とは全く異なる印象を受けました。モチーフは、深いメッセージを秘めた「無辜の民」。見る距離によって印象が変わっていく作品でした。
思わず触れたくなる立体作品【井越 有紀】


順路へ進むと、可愛らしくも存在感のある大きな鳥の立体作品が目に飛び込んできました。井越有紀さんの作品は、どれも思わず手で触れたくなるような魅力に溢れています。
なめらかな表面に、やわらかな淡いグレーの色彩。丸みを帯びた立体は、赤ちゃんの手を思い出させるような、包み込むような優しさを感じさせます。本郷新の「鳥を抱く女」が生命力の塊、生命の源という野性的な力強さを感じさせるのに対し、井越さんの作品は、母性のような優しさと柔らかいイメージを深く印象付けました。
写真と映像が語りかける手【鈴木 涼子】

次に現れたのは「手」がモチーフの作品。本郷新の彫刻の手は写実的に見えますが、改めて見ると実際の手とは異なる、太くしっかりとした指、肉厚な手のひらが特徴的です。
鈴木涼子さんの作品では、そうやって手に刻まれたシワの表情が非常に美しく切り取られた写真が並びます。特に印象的だったのは映像作品。指相撲をしている指たちは、まるでおしゃべりしているかのよう。うなだれている手からも、様々な思いが伝わってきます。
作家さんご自身とご両親との手を撮影した作品だと知り、自分の色々な思い出や、家族とのつながりが一気に込み上げてきました。「手を見ればその人の職業がわかる」と言われるように、手に刻まれた皺は、その人の歴史や人生を表すことを改めて感じさせられました。
繰り返しみたくなるアニメーション【横須賀 令子】

昨年、札幌文化芸術交流センターSCARTSで開催されていた個展に行きそびれてしまい、とても気になっていた横須賀令子さんのアニメーションに、ここで出会うことができ感動しました。映像の前には椅子も用意されており、じっくりと鑑賞できる配慮も嬉しかったです。
波なのか風なのか、うねるような筆致の中から次々と現れる獣たち。それが落ち着いたかと思うと、次は風の中をひたすら歩む人が描かれます。風にかき消されては消え、それでも再び湧き上がり、力強く進んでいく人々。いつしか人が増え、鎌を持ったような鬼の姿になり、振り回して消えていく……。
ちょうどこの日は曇りで、美術館に来る前にも強い風が吹いていましたが、まるでその風をそのままアニメーションに閉じ込めたかのような感覚でした。映像に加えて効果音があることで、一層想像の世界が膨らみます。
最近のアニメーション映画では緻密で再現性の高い風景描写が主流ですが、横須賀さんの作品は、白と黒の濃淡、筆で描いたような荒々しくざっくりとした大きな表現でも、観る者の心を強く捉えることができることを証明していました。視覚だけに頼らず、鑑賞者の感性も作品を構成する要素となる、まるで水墨画のようなアニメーション作品です。
都市のなかの彫刻と言葉【山田 航】

短歌と彫刻という、ありそうでなかった組み合わせを見せたのは山田 航さんの作品。現代の都市風景を詠んだ短歌の真ん中で、そっと微笑んでいる彫刻の少女。短歌からは、街中の喧騒や日常の情景が聞こえてきそうです。
彫刻の横に設置されたキャプションを読むことで、短歌と彫刻の世界がさらに深く広がります。彫刻の少女は何を想っているのか、想像が掻き立てられました。
この展示を見る前と後では、何気なく通り過ぎていた街中の彫刻に気づく機会がぐっと増えました。日常の中に潜むアートの存在を再認識させてくれる体験でした。
つながるインスタレーション【佐藤 壮馬】

展示室には、立体作品や平面作品など、本郷新の作品とあわせて約20点もの作品が展示されていました。佐藤壮馬さんの展示は、様々な「つながり」を通して、過去と現在を行き来できるような構成になっています。
キャプションを読むと、そのつながりが詳細に書かれていて、なるほどと唸らされます。本郷新のスケッチなども展示されており、人間をモチーフとした作家が、実は身近な自然の美しさをいかに繊細に観察していたかがよく分かります。札幌農学校の二期生だった植物学者・宮部金吾と現在の植物学者首藤光太郎の植物標本が本郷新の作品と並べられていたところに心惹かれました。
「共振」展での限定販売について

チケット売り場前のギャラリーでは、今回の展覧会に出品された井越有紀さんの作品の販売がありました。展示室では触れることはできませんが、ここで購入して自宅でゆっくりその感触を確かめてみたくなります。
本郷新記念札幌彫刻美術館 記念館について

本館に隣接する記念館は、彫刻家・本郷新がかつてアトリエとして使っていた建物を利用しています。「共振」展を鑑賞した後で、記念館で開催されているコレクション展2024-2025をぜひ観てほしいです。
ここでは、今回特別展で現代アーティストたちがそれぞれモチーフとした本郷新の作品を実際に鑑賞することができます。また、作品の展示と共に本郷新の言葉があちこちに掲示されており、現代に生きる私たちにも深く響くものとなっています。
記念館2階からの眺めも素晴らしく、何度訪れても新しい発見がある、時間に余裕があればもっとゆっくり滞在したい場所です。
展覧会の混雑状況
会期2日目、日曜日のお昼時に行きました。
札幌まつりなどがあったせいか、数人しかおらずゆっくり静かに鑑賞できました。
展覧会情報
【混雑状況】
会期2日目の日曜日、お昼時に訪れましたが、札幌まつりなどがあったためか、数人しかおらず、ゆっくりと静かに鑑賞できました。
【所要時間】
特別展「共振」の本館は30分ほどで見て回れますが、私は1時間ほどじっくり鑑賞しました。隣接する記念館は30分ほど滞在し、全体で1時間半ほどでした。
【観覧料】
600円
※記念館は本館を観覧した場合、当日に限り無料で観覧できます。
展覧会開催情報
【会期・開館時間】
2024年6月15日(土)~2024年9月16日(月)※開催終了 開館時間:午前10時~午後5時(入館は午後4時30分まで) 休館日:月曜日(祝日等の場合は開館し、翌日休館)
アクセス&駐車場情報
〒064-0954 北海道札幌市中央区宮の森4条12丁目1−41
TEL:011‐642‐5709
無料駐車場あり(10台)
まとめ
現代アーティストと本郷新、過去と現在との対話というコンセプトで開催された特別展「共振」。日本で戦後最初に公共空間に裸婦像を設置したと言われる本郷新の作品は、今も私たちの日常風景に深く溶け込んでいます。
彼の表現と現代のアーティストたちの表現は大きく変わりましたが、どの作品の中にも人間が生きることの強さ、悲しさ、切なさといった普遍的な感情が息づいています。それは人間が自然の一部として存在するときの美しさとなり、そんな美しさが未来へと続くことを願った本郷新の素晴らしさが再発見できる、示唆に富んだ特別展でした。
札幌在住の方はもちろん、彫刻や現代アートに普段興味がない方にも、ぜひそのメッセージを感じ取ってほしい、記憶に残る展覧会でした。
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