旭川美術館「砂澤ビッキの生きた時代」展レポ|木に宿る命と躍動する造形

旭川美術館「砂澤ビッキの生きた時代」展覧会外観 ミュージアム

木という固い素材から生まれているはずなのに、今にも動き出しそうな躍動感のある動物、どこかユーモラスで愛嬌のある不思議な生き物たち。

旭川美術館で開催されている展覧会「砂澤ビッキの生きた時代」(2026年3月15日まで)を訪れました。本展では、北海道を代表する彫刻家・砂澤ビッキの初期から晩年に至るまでの歩みを5つの章で構成し、展示しています。作品の端々からは、ビッキの驚くほど鋭い観察眼と、生き物たちへの温かな眼差しが溢れていました。

※会場内は一部の指定されたエリアのみ撮影が可能となっていました。本記事では現地の案内に従い、撮影が許可された範囲内で記録した写真とともに、展示の様子を振り返ります。

第1章:生き物たちの生命力とユーモア

第1章では、虫や鳥などの生き物をモチーフとした初期の作品が多く並びます。

ナラ材で作られた「アニマル・一代雑種」という作品は、まるで妖怪のような姿。蝉のような甲殻類を思わせる頭部は、不思議というより「ユーモラス」という言葉がしっくりきます。

続いて、名前に「樹」という言葉を冠した、さまざまな生き物の展示が続きます。

  • 樹蝦: 細かいアイヌ紋様に、雪の結晶や十字架を思わせる模様が組み込まれ、まるで「樹の妖精」のようにも見えます。
  • 樹海老: 樹蝦よりさらに立体的になり、足や触覚の様子はまるで生きているかのようです。
  • 樹鰈: 体の縁にある「縁側」の質感や、頭から飛び出た目玉の様子が、本物のカレイさながらの精緻さで再現されています。
  • 樹蜂: 胸部から腹部にかけてのくびれや膨らみが見事に表現されており、これが固いクルミの木から作られていることに驚かされます。

どの作品も力強い生命力が再現されていると同時に、生き物の繊細な構造も緻密に表されており、ビッキの観察眼の鋭さが伝わってきます。

また、「鳥の巣」という名の椅子は、がっしりとした構造の背もたれの上に鳥の頭部があり、まるで「森の王様の椅子」のような威厳がありました。対照的に、小さめの腰掛けのような「子鹿」は、ざっくりとした造形ながら、今にも跳ね出しそうな春先の子鹿の躍動感が表現されています。

「作りかけのアヒル」も非常にシンプルな構造ですが、その立ち姿にはアヒル特有の愛嬌のある動きが宿っており、ビッキの技量の高さを感じずにはいられませんでした。

創作の根底にある「自然への優しさ」

音威子府(おといねっぷ)村に設置する「オトイネップタワー」の構想案として作られた「オトイネップタワープラン1」では、トーテムポール状で鳥の頭部などが縦に並んでいる彫刻ですが、そのなかに妙に写実的で可愛らしい牛の頭がありました。

ビッキは幼い頃にその出自から迫害を受けた経験から、人間に対してよりも、動物や自然に対して強い思いを持っていたといいます。自然の木を使い、動物をモチーフにした作品群からは、彼の内にある「優しさ」を深く感じ取ることができます。

第2章:緻密な文様と神聖な「テンタクル」

第2章は、無脊椎動物の触手を意味する「テンタクル」をモチーフにした展示です。

ここでは、細かな「ビッキ文様」が考案されていく過程(ペンと紙によるデッサン案)が紹介されています。これら一つ一つのパーツが、新しい生き物の体を構成していくのです。

「樹蜻蛉」という作品では、羽や尾がしなやかに動くよう作られており、オスとメスで微妙に異なる文様が、まるで本当に動き出すかのような存在感を放っています。初期に比べ、文様はより繊細に、より細かく彫られており、その緻密さには何か祈りのような神聖さすら漂います。

また、堅牢な「パンドラの箱」の裏には「HOKKAYDO BIKYY’S」の文字が。文様で覆われ、しっかりと閉じられたその箱の中に、彼は何を留めていたのでしょうか。

「樹華」という作品は、普段は音威子府村の「エコミュージアムおさしまセンター “アトリエ3モア” (砂澤ビッキ記念館)」に展示されており、移設のたびに組み直されるそうです。幹の断面に細い枝が組まれたその姿は、このままどこかへ歩き出しそうな不思議な佇まいでした。

旭川美術館「砂澤ビッキ」樹華のミニチュア
展示会場外に設置されたミニチュア版「樹華」。自由に参加できます。

第3章:夢と幻想――自己と自然の同一化

第3章「夢と幻想」では、それまで「自然と人間(ビッキ)」として対峙してきた関係性が、自分の中に自然を内包する「共存」へと変化していく様子が見て取れます。

キャプションには「自分の中に棲息するもののけと夜の自然と対比させてみる」というビッキの言葉がありました。人間不信から自然に向かった彼の気持ちが、やがて人間の嫌な部分さえも自然の一部として受け入れ、自分自身を自然と同一視していく過程が、作品を通じて伝わってきます。

展示されているドローイングの線の動きには、太くなったり細くなったり、時に止まったりと、ビッキの心の動きと呼応するような不思議なリズムがあります。

有名な「午前3時の玩具」は、深夜に聞こえる夜行列車の音から名付けられた作品です。かつての装飾的な文様は姿を消し、緩やかな曲線による非常にシンプルな表現になっています。しかし、その単純な造形こそが、かえって内側に深い生命を宿しているように感じられました。

第4章:王と王妃――象徴的な美への変化

第4章は「王と王妃」というテーマで、より抽象的かつ象徴的な作品が並びます。

「風の王と王妃」は、音叉のような形で木目に沿って静かに傾(かし)いでおり、まるで目に見えない風にたなびいているかのようです。さらに「北の王」「北の王妃」「ニッカネムイ」へと至るにつれ、造形は三つの角柱で支えられた円形など、よりシンプルで純粋な自然の美しさへと変化していきます。

展示室には、作家・澁澤龍彦からの書簡も展示されていました。「こちらは相変わらずで、別に面白くもない生活だが、まぁ何とかやっている」という言葉のやり取りからは、当時のビッキの交友関係や、生身の空気感が伝わってきます。

病床で描かれたという「春の王妃」は、雪が残る土の黒さが見え隠れするなか、春の生命が湧き上がってくるような、静かで神聖な瞬間を描いています。目覚めの前の静けさをじっと見つめるビッキのまっすぐな眼差しが、そこにはありました。

第5章:樹は氣、氣は貴――自然との交感

第5章には「樹は氣、氣は貴」という墨書がありました。樹という存在に対するビッキの思いが、この言葉に集約されているようです。

札幌芸術の森にある「四つの風」は有名ですが、本展では同じ意図で作られた「芽」という作品が展示されていました。自然の風化に身を任せる「四つの風」に対し、学校という設置場所の安全性のために倉庫で保管されていた「芽」。対照的な保管方法を辿った二つの作品を比較できるのは興味深く、ビッキならきっと、どちらのあり方も肯定してくれるのではないかと感じました。

おわりに:アーティストとしての砂澤ビッキ

今回の展示では、ビッキが影響を受けた書籍も紹介されており、彼が「アイヌの木彫家」という枠を超え、一人の「アーティスト」としての活動を強く意識していたことが伺えました。

同じ時代を歩んだ木彫家・藤戸竹喜が「木彫家」としてのアイデンティティを重んじたのに対し、ビッキはより現代的なアートの世界を志向していました。表現のあり方は違えど、二人に共通していたのは、自然に対する真摯な畏敬の念だったのではないでしょうか。

展覧会情報

項目内容
展覧会名砂澤ビッキの生きた時代
会場北海道立旭川美術館
住所旭川市常磐公園内
会期開催中 〜 2026年3月15日(日)
観覧料一般 800(600)円
高大生 500(400)円
小中生 300(200)円
※( )内はリピーター割引などの割引料金(一般 600円など)
リピーター割引他の道立美術館の観覧半券を提示すると割引が適用されます。
開館時間9:30 〜 17:00(入場は16:30まで)
休館日月曜日(祝日の場合は翌火曜日)
公式サイト北海道立旭川美術館 公式HP

お得な情報: 他の道立美術館(近代美術館、函館美術館など)で開催された特別展の観覧半券を提示すると、リピーター割引が適用されます。半券をお持ちの方は忘れずに持参しましょう。

アクセス情報

美術館は旭川駅からも歩ける距離にあり、旭川を象徴する「常磐(ときわ)公園」の中に位置しています。

  • 公共交通機関をご利用の方: JR旭川駅から徒歩で約20分ほど。平和通買物公園を真っ直ぐ進む、気持ちの良い散歩道です。バスを利用する場合は「4条4丁目」バス停などで下車し、そこから徒歩約5分で到着します。
  • お車をご利用の方: 常磐公園内の公共駐車場が無料で利用可能です。美術館までは公園内の散策路を少し歩きますので、冬場は歩きやすい靴がおすすめです。

北海道立旭川美術館

〒070-0044 北海道旭川市常磐公園4046−1

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