札幌市営地下鉄大通駅からバスセンター前駅へと続く地下通路。ここはただの通路ではありません。全長500メートルの空間が、驚きの現代アートギャラリーに変貌する「500m美術館」です。
現在開催中の企画展は、「北のfoundation-自然」。北海道にゆかりのある8名の作家が「自然」をテーマに生み出した作品群は、通勤や通学で通り過ぎる日常の風景を一変させます。
私自身、その多様な表現と作家の個性に圧倒され、まるでお祭りに出店が並ぶように次々と現れる作品たちに目を奪われました。
本記事では、普段アートに馴染みのない方でもきっと心惹かれる、各作家の作品の見どころを徹底レビューします。札幌の地下に広がる「自然」を巡るアートの旅へ、あなたも出かけてみませんか?
展覧会の展示概要
今回の企画展「北のfoundation-自然」では、素材も表現方法も異なる8名の作家が参加しています。それぞれの作品スペースは個性的な世界観に満ち、500mのギャラリーを飽きさせません。
井越有紀 「呼応」2013〜2025年/インスタレーション/ミクストメディア


グレージュの淡いグラデーションが不思議な感触を醸し出す井越さんの作品「呼応」。軽やかで柔らかそうな素材感なのに、まるで生命が宿っているかのような、確かな存在感を放ちます。小鳥なのか、それとも別の生き物なのか、思わず手を伸ばして触れてみたくなりますが、その繊細な表情は、見る角度によって微妙に変化し、私たちに何かを語りかけているようでした。
札幌彫刻美術館で開催された特別展「共振」でも、井越有紀さんの作品が展示されていました。彼女の多様な表現については、HAPPABLOGの「【札幌彫刻美術館】本郷新と現代アートの『共振』展レビュー:過去と現在が響き合うアートの対話」でも詳しくご紹介しています。
大石俊久「層」2021年/インスタレーション/素材 陶


地層を大胆に切り抜いたかのような陶のインスタレーション「層」。長い年月をかけて少しずつ積み重なり、視覚化された大地の記録を前に、色の濃淡からその時々の変化を想像する人間の「時間」への深いまなざしを感じます。作品に刻まれた亀裂を覗き込んだとき、なぜか私自身のこれまで歩んできた人生の「層」を振り返ってしまいました。過去と現在、そして未来へと続く時の流れを静かに問いかける、示唆に富んだ作品です。
佐藤あゆみ「覗く」2025年/壁面円形1200mm〜1500mm3点/鉄、鉄にカシュウと真鍮粉吹付



壁面に大きく設置された、直径1.2m〜1.5mもの円形作品3点。どれも繊細な金属の線で造られており、ぱっと見は美しい花のようです。しかし、タイトルは「覗く」。確かに、穴の奥から向こうの世界を覗き込んでいるような感覚を覚えます……と思いきや、おや?まるで作品の向こうから、こちらを覗かれているようにも見えてくるから不思議です。鉄という重厚な素材を使っているにも関わらず、リズミカルで軽やかな線の表現は見ていて飽きません。その大きさと素材感に反した軽妙さが、見る人を惹きつけます。
佐藤一明「見てくる犬」2025年


毎日の通勤路がこの地下道だったら、仕事帰りの疲れも一気に忘れてしまうくらい可愛い「見てくる犬」たち。佐藤一明さんの平面作品には、どれもニヤリとしてしまうようなユーモラスな一言が添えられています。実は今回の展示で私の一押し作品。ギャラリーの中の犬たちがじっとこちらを見つめてくる姿は、まるで本当にそこにいるかのよう。生き物を飼うことに抵抗がある私ですが、「この中の誰かをいつか連れて帰りたい!」と本気で思ってしまうほど、飼い主の溢れんばかりの愛と、犬への深い洞察が感じられる作品でした。HAPPABLOGの「【札幌ギャラリー創】佐藤一明『見てくる犬』展レビュー:愛とユーモア溢れる癒しのワンコたち」で深掘りしていますので、ぜひご覧ください。
佐藤祐治「殖物の歴史」2025年/写真/インスタレーション


北海道の各地域には、本州からの入植者が名付けた地名が数多く残されています。この作品では、それらの地名や地域の写真と、彼らが入植とともに持ち込んだであろう植物たちが同時に展示されています。人間は混ざり合い、新たな文化を築き上げる一方で、持ち込まれた植物たちは「外来種」と位置づけられる現状を、佐藤祐治さんは淡々と表現しています。「殖物」というタイトルは、もしかしたら人間そのものを指しているのでは?と気づいた瞬間、なんだか空恐ろしく感じたのは私だけでしょうか。私たち人間が「自然」とどう向き合ってきたかを深く考えさせられる、示唆に富んだ作品です。
千葉麻十佳「地球と宇宙をつなげるための試み|500m美術館」


「地球と宇宙を接続する」という壮大なテーマに関心を持つ千葉麻十佳さんの作品。宇宙の中に地球があるのだから、そもそも繋がっているのでは?などと、思わず考え込んでしまう人もいるかもしれません。
私たちが普段、登山や旅行で「楽しかった!」「美味しかった!」で終わってしまうような体験を、作家が「リサーチ」という視点に転換している点が非常に興味深い作品です。その土地の食べ物を味わったり、温泉に浸かったりする行為が、実は宇宙との繋がりを意識した「リサーチ」になり得る……。この作品を見てから、日常の何気ない行動も、もっと広い視野で捉えて実践してみたくなりました。アートが日常の見方を変える、そんな体験をさせてくれる作品です。
前田明日美 ミクストメディア


まるで深海の生物のような、あるいは得体のしれないモノたちが暗い水槽の中から静かに浮かび上がってくるような、前田明日美さんの作品。一見不気味なのに、野の花のように美しい色彩が魅力的で、近づいてよく見ると、微細な泡や小さな芽のような有機的な造形がそこかしこに見られます。気持ち悪さと可愛らしさが同居する、何とも言えない独特の魅力を持った不思議な作品です。
山口奈那子「リズミカル」2025年/陶/インスタレーション


柔らかいベージュの彩色が施された、様々な形とデザインの陶器がずらりと並ぶ山口奈那子さんのインスタレーション「リズミカル」。一つ一つは個性的な作品ですが、集合するとそのタイトル通り、一定の規律性や軽やかなリズムを感じることができます。まるで、同じように見える毎日の積み重ねが、実は一つ一つ異なり、それでも長年続けば「日常の一ページ」になる…そんな普遍的な時間の流れを表現しているかのようでした。日常の中に潜む「リズム」と「反復」の美しさを再発見させてくれる作品です。
展覧会の会期&開館日・開館時間
会場:札幌大通地下ギャラリー500m美術館
会期:2025年5月31日(土)〜8月6日(水)
時間:7:30〜22:00
アクセス
札幌市営地下鉄大通駅と地下鉄東西線バスセンター前駅間の地下コンコース
〒060-0051 北海道札幌市中央区 大通西1丁目~大通東2丁目
周辺施設
まとめ
札幌の地下に広がる500m美術館で開催中の「北のfoundation-自然」展は、単なる現代アートの展示を超え、私たちと「自然」との関係性、そして日常にある「美」と「物語」を再発見させてくれる見応えのある展覧会でした。
8名の作家がそれぞれの視点から「自然」を表現し、見る人それぞれに異なる気づきを与えてくれます。通勤・通学路にあるこの美術館に足を止めれば、いつもと同じ景色がそれまでとは少しちがってみえてくるはずです。
会期は2025年8月6日(水)までと残りわずか。札幌にお住まいの方も、観光で訪れる方も、この夏、ぜひ500m美術館に足を運んで、あなた自身の「自然」とアートの出会いを体験してみてください。きっと、新たな発見と感動が待っているはずです。
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